分析|アンジェ・ヨコハマ、優勝の瞬間――リッカルド・マルキオーリ

先日公開したシャバブ・フセイン氏のチーム分析に続き、今回は7日に行われたFC東京戦にフォーカスしたリッカルド・マルキオーリ氏(@RMarchioli)の分析をご紹介します。本稿公開にあたってはマルキオーリ氏から許可をいただいて全文を翻訳しており、画像および動画は元記事のものを引用しています。

マルキオーリ氏はアジアサッカー連盟(AFC)およびオーストラリアサッカー連盟(FFA)のA級ライセンスを所持する現役の指導者で、現在はオーストラリア3部相当のブランズウィック・シティSCで監督を務めています。コーチングの方法論および哲学、ゲームモデル構築、戦術的ピリオダイゼーション、分析および統計など数々の分野を専門としているほか、プロレベルでの戦術アナリスト経験も持つ人物です。

アンジェ・ポステコグルー監督率いるトリコロールは、果たして彼の目にどう映ったのでしょうか。どうぞご覧ください。

分析|アンジェ・ヨコハマ、優勝の瞬間

先週土曜に横浜で行われたJリーグのタイトルマッチはここオーストラリアでも大きな注目を集め、数々のインタビューや記事によってこの大きな勝利の感情的、そして哲学的な特徴が取り上げられた。

代わりに、私はこの試合からいくつかの特筆すべき戦術的特徴について述べ、アンジェ・ポステコグルーのチームがどのように最終節に挑戦者のFC東京を3-0で下し、タイトルを獲得したかということについて考察を行いたいと思う。

試合概略

主なフォーメーション:前半
主なフォーメーション:後半

横浜F・マリノスはベース構造として1-4-2-3-1を組んだ。しかしながら、この先でも見ていくことになるが、これはいくつかの動き方や、サイドバックが“偽サイドバック化”するという日常的な特徴を含む攻撃フェーズにおけるローテーションの基軸でしかない。

FC東京は前半ほとんどの時間を1-4-4-2または1-4-4-1-1でプレーし、その先頭には永井謙佑が立った。そして、このアウェーチームは後半以降1-4-3-1-2またはダイヤモンド型の1-4-4-2に変更。彼らは後半の終盤になると、統率の取れたビルドアップスタイルを強いられた頃から、横浜の高いディフェンスラインの裏に抜けるダイレクトのボールをしばしば狙った。

後列からのビルドアップ

試合序盤、横浜のゴールキーパーであるパク・イルギュはアタッキングサードにいたウィンガー、特にマテウスへのダイレクトパスを狙った。おそらく大舞台での緊張から来ていたのだろうが、後に中林洋次が交代出場して横浜が1人減るまで、これを取りやめた。

遅い出だしから、横浜は落ち着いた後にまず短いパスを出す。FC東京は4-4-2の形でハイプレスを仕掛けるが、横浜の前線3人が(ハーフウェーラインを超えて)非常に高くてワイドなポジションを取っていたため、ディフェンスラインと中盤ラインの距離感にしばしばギャップが生まれていた。FC東京はハーフタイム後に高萩洋次郎を頂点としたダイヤモンド型に切り替え、横浜のビルドアップをサイドバックに通させ、マリノスのディフェンスライン前に位置することから大きなスペースが空かないようにした。

右サイドバックの松原健がセンターバックのチアゴ・マルチンスからボールを受けるために下りてきたことがカギとなり、FC東京の左サイドハーフだったアルトゥール・シルバにプレッシャーを掛けた。このアクションは横浜のセンターハーフ・喜田拓也のためにスペースを空けさせ、ピッチ右側のスペースへとワイドに流し、中盤ラインの後ろで次のパスを受ける展開へとつながった。

ポゼッションと通過

横浜の攻撃は永続的なサイクルを追っていた。つまり、スペースを作る動きがあり、動きを引き起こすスペースがあったのだ。ここには特に明らかな3つの特徴がある。

  • 前線3人はできるだけ高く、ワイドに位置を取り、4バックを“ピン留め”する
  • 横浜はライン間に到達し、“ポケット”を見破ろうとする
  • 偽サイドバックをアタッキングハーフとして、特に左サイドで用いる

後述するが、ボールがミドルサードで回っているとき、ファーサイドのサイドバックであるティーラトン・ブンマタンはピッチ中央まで移動し、フォワードは中盤ラインの先にある“ポケット”へ移動する。一方、数秒後には松原が喜田にスペースを空けるよう合図を送ることで、松原も中央を使うようになる。ここでは喜田が対象となるが、FC東京の2トップに対し、センターハーフはセンターバックの位置まで下がって3バックを形成。そしてビルドアップを補助するのである。

FC東京のハイプレスラインを越えようと試みる一方、横浜・和田が少しだけ下りて、左センターバックの畠中槙之輔から“プレスを追う動き”でパスを受けるということがしばしばあった。プレスを掛ける選手の動きを追うことで、自身をスパッと抜けていくパスコースを作り出そうとしたのだ。

横浜のセンターハーフに沿った偽サイドバックとセットでこの動きは実行され、FC東京の中盤4人をボールの方へとしばしばおびき寄せていた。前線3人がFC東京のディフェンスライン4人をピン留めするために高く、ワイドに位置しているため、横浜の選手たちが走り込み、ボールを受けられるだけの大きなスペースがライン間に生まれたのである。

しばしば、ミッドフィールダーの代わりに“ポケット”に押し上げるのは偽サイドバックだった。FC東京はこれを追いかけるのに手を焼いていた。

こうしたムーブメントは最終的に1点目のゴールへと繋がった。ティーラトンが“ポケット”へと遅れて入り、軌道が変わってループシュートとなったボールがFC東京のゴールキーパー林彰洋の頭上を越えていったのである。

横浜の2点目は美しさそのものだった。長らく我慢を重ねたビルドアップを経て、ハーフウェーライン周辺と左サイドでのパス交換が決定打となった。横浜のセントラル・アタッキングハーフであるマルコス・ジュニオールが、ティーラトンからボールを受けるべくポジションを下げながら、FC東京のセンターハーフである橋本拳人をポジションからおびき寄せ、ライン間に“ポケット”を空けさせたのだ。

マルコス・ジュニオールはティーラトンにボールを戻し、ティーラトンは内側へとドリフトする(流れ込む)ことで偽サイドバック化。この動きは洗濯機に巻き込まれたかのように振り回されていた橋本をまたも惹きつけ、彼を更に前へと進めさせていた。マルコス・ジュニオールは新たなスペースを察知し、ティーラトンは素早く和田へパス。和田はこの試合で初めて縦パスを出し、ボールはマルコス・ジュニオールの先にあった“ポケット”へ到達。10秒後、FC東京のディフェンスラインは必死に後退したものの、ボールはその後ろでネットを揺らしていた。

後半になってFC東京はボール非保持時に4-3-1-2へと形を変えたが、これはマリノスがライン間の“ポケット”に侵入するのを防ぐため、アルトゥール・シルバ(56分以降は三田啓貴)とハーフタイムの交代で入ったユ・インスを付けたからだろう。2-0とリードされ追いかける展開となったチームは、横浜を封じるのではなく、リアクションする方に切り替えたのだ。FC東京の高萩はアタッキングハーフへとポジションが変わり、中盤の前方を助けるために後退したが、FC東京が中央圧縮からボールを奪い返したときのボールの出しどころとして働くのが主な役割だった。

興味深いことに、パクが67分にレッドカードを受けて退場した後でさえも、チームがボール保持の状態にあるときのティーラトンは上下運動を繰り返し、また中央エリアへも侵入していた。アンジェ・ポステコグルーの選手たちは退場者が出てもなお前線を高く、そしてワイドに開いて攻撃を仕掛け続けた。攻撃のムーブメントが幾分かダイレクトになり、トランジションにおいてはワイドに開いた選手たちを狙うようになったにもかかわらず、だ。

ハイラインとスイーパーキーパー

攻撃と守備は非常に密接しており、ボールを失ったらアグレッシブに奪い返しにいくこと無くして、ボールを操り支配することは難しい。

横浜はネガティブトランジション時の縦幅が非常にコンパクトで、最も深い位置にいるディフェンダーと最も先頭にいるアタッカーの間が25メートルと少ししかない。お互いが近いことでボールホルダーへのプレスに向かう足取りがアグレッシブになり、ディフェンスラインはライン間のあらゆるスペースをすぐさま小さくするために前傾姿勢を取る。この攻撃的な守備動作はパクによって支えられていた。ディフェンスラインの裏およそ10〜15メートルの辺りでスイーパーとして適切にプレーしていたのだ。

23分、横浜のハイラインがわずかにズレていた頃にFC東京は千載一遇のチャンスを迎えた。最初はナ・サンホの走りをそのままにしていたが、横浜のチアゴ・マルチンスは彼が本来いるべきポジションにすぐさま気が付き、ハイラインにおける守備のパートナーに加わるべく前に走ったことで、アタッカーがオフサイドとなる走りを許した。しかしながら、わずかな判断ミスと一瞬の変化によって、後方から走ってきた高萩に決定機を明け渡してしまった。ボールがトップの選手とミッドフィールダーの頭上を越え、横浜のゴールキーパーと1対1の局面となったのである。幸いにして、このチャンスは決められずに終わった。

プレスと押し出し

後半のレッドカードに先立って、横浜は1-4-2-3-1の形で比較的高めにブロックを敷き、FC東京の後方からのビルドアップを防ごうと試みた。ホームチームは相手をワイドに間延びさせ、ボールホルダーにプレスを掛けつつ、ピッチ中央のパスコースを切ろうとしたのである。ストライカーのエリキに導かれ、FC東京のゴールキーパーまで下がったものも含めたバックパスはボテボテになり、しばしばノーコントロールでロングボールを急かされるような状態にまでなった。

さらに印象深いことに、まさしくアンジェ流として、横浜は退場者が出た後ですら相手にプレスを掛け続けており、プレーが途切れる最後の瞬間にほんの少し緩む程度だったのだ。

マルコス・ジュニオールを犠牲にした後、彼らは1-4-2-3というアタッキングハーフを欠いた形で試合を続けた。ウィンガーの遠藤渓太と仲川輝人は相手センターバックとサイドバックの間にポジションを取り、パスカットをしてボールを奪い、ロングボールかピッチ中央でプレーするようにした。ハードワーカーである和田と喜田のセンターハーフコンビが前にステップを踏み、繰り返し攻撃を仕掛けていたからだ。

FC東京のセンターバックとゴールキーパーの間で1対3の中でプレーしていたエリキを筆頭にプレッシングは続けられた。彼のプレスは橋本(この時にはポジションをキープするミッドフィールダーとなっていた)へのパスをカットするようデザインされており、ロングパスを出させてエラーを引き出していたのである。

横浜の1-4-2-3は引き続きやや高めの位置でブロックを敷き、後方では数的有利をキープ。前線の2トップやアタッキングハーフ目掛けたダイレクトボールを増やしていたFC東京に対抗していた。

ボールがディフェンシブサードの近くで動き始め、その位置でそのまま試合終盤まで長い間動くようになると、横浜のブロックは撤退を始めた。ウィンガーがセンターハーフへと沿うように下りて1-4-4-1を形成し、エリキが中盤ラインに近付くことで中央エリアの守備の手助けをして、前方からのプレスを行うようになった。こうして横浜の選手たちは、自らの脚に溜まった披露と闘いながら、ボールの周りにできるだけ多く近付き、試合終了の時を迎えようとしていた。

FC東京のサイドバックのピン留めと、10人での攻撃

横浜がボールを奪い返したときに素早い縦パスを通せなかったとしたら、彼らは数々のショートパスでボールを回して陣形を回復し、攻撃へのオーガナイズを行うことにした。試合全体を通して、横浜の前線3人は高めにワイドなポジションを取り、しばしばハーフウェーラインやFC東京のディフェンスラインを越え、時には相手のディフェンダーを更に押し込めようとオフサイドポジションへ突入することもあった。つまり、ボールを奪い返した際はいつでも、可能な限り素早く攻撃を行うために、高い位置でワイドに開く選手たちへとダイレクトでボールを繋ごうとしたのである。これによってFC東京のサイドバックはよくリトリート(撤退)を強いられ、ライン裏への抜け出しを警戒。攻撃の流れに合わせざるを得なくなっていた。

最後の30分は1人少なかったにも関わらず、ワイドアタッカーへのダイレクトプレーで突進するという意志は勇猛果敢にも続けられた。これがメンタルにもポジティブな影響を与え、試合を決定付けた最後のゴールが決まった。ボール非保持の時間帯が少し続いて、その後横浜がディフェンシブサードでフリーキックを得ると、ほとんどのチームが時間を使ってくるであろう状況下にありながら、ティーラトンが左ウィンガーの遠藤へと素早く蹴り出したのである。

遠藤は最初のディフェンダーをかわし、走りを緩めることなく全速力でドリブルを敢行。リトリートしてきたFC東京の渡辺を避け、その後ゴールの下隅にシュートを叩き込む前、ポステコグルーがテクニカルエリアから檄を飛ばしていたのは明らかだった。3-0、それも10人で。アンジェと彼のスタッフがこのチームに植え付けたメンタリティの好例であり、優勝を勝ち取るに相応しいものとなったのである。


“Analysis | How Ange’s Yokohama F. Marinos sealed the title” by Riccardo Marchioli
https://rmarchioli.wordpress.com/2019/12/09/analysis-how-anges-yokohama-f-marinos-sealed-the-title/

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