世界中のサッカークラブを取り上げたプレビューや分析などをウェブ記事、動画、ポッドキャストで配信している『Total Football Analysis』(@TotalAnalysis)で、オーストラリア・ブリスベン在住のベトナム人ライターであるダリル・グィラード氏(@dgouilard)が2019シーズンのマリノスを対象とした分析記事を公開しています。
今回は『Total Football Analysis』に許可を得て、以下に記事の翻訳をご紹介します。分析では「フォーメーション」「ビルドアップ」「攻撃の戦術」「守備原則」の4つに着目し、それぞれメリット・デメリットを含めた詳細な分析がなされているので、是非ご覧ください。
今の時期において多くのフットボールファンの注目はシーズン中盤の難所に差し掛かったイングランドのプレミアリーグや、長いウィンターブレイクが明けたヨーロッパ諸国のリーグだろう。しかし、地球の反対側にありJ1リーグとして知られる日本の1部リーグでは2019シーズンがサプライズなチャンピオンの誕生とともに閉幕していたのだ。オーストラリア人指揮官のアンジェ・ポステコグルーに率いられた横浜F・マリノスが順位を上げていき、シーズンの最後3試合で首位に立ったのである。
ポステコグルーは来日以前から母国で既に素晴らしい実績を持っていた。ブリスベン・ロアーでは36試合無敗の記録を打ち立て、代表チームでは史上初のアジアカップ獲得を達成したのだ。名声を築いた数々の功績を引っさげて、2018シーズンに彼は横浜の監督に就任。最初のシーズンは12位に終わるなど彼にとって辛辣なものとなったが、Jリーグカップ準優勝などいくつかポジティブな兆候も見せていた。
しかし、魅力的な戦術の導入によって横浜はFC東京と6ポイント差を付け、クラブの歴史に4つ目のJ1リーグタイトルを加えて2019シーズンを締めくくった。本稿は戦術分析として、ポステコグルーの横浜での2シーズン目における戦術を分析。スタッツと画像を織り交ぜながら、ポステコグルーがこのシーズンで実施した主な戦術的ポイントについて注目していくこととする。
フォーメーション
ポステコグルーはシーズンの大部分において4-2-3-1を採用したが、たとえば対戦相手や自分たちのチーム状況に応じて、2人のセントラルハーフを1人にし4-1-4-1へと切り替えることもあった。それと同時に、全試合の15%においては攻撃的フォーメーションとして4-1-2-3を適用していた。
しかし、彼の4-2-3-1は選手に与える役割に特徴が見られた。昨季の横浜における重要なポイントとして特に注目すべきことのひとつとして、可変的なウィングバック(偽サイドバック)が挙げられる。それぞれ利き足のサイドでプレーしていた左バックのティーラトン・ブンマタンと右バックの松原健がこのポジションを担当していたが、彼らはハーフスペースの中でほとんどの時間を過ごし、前方のウィンガーにワイドなスペースを残していた。ボールを捌けるディフェンダーのチアゴ・マルチンスと畠中槙之輔も、彼らのパス能力をもってボールを前方へと供給する狙いをもって起用されていた。こうしてマリノスはビルドアップにおけるほとんどの場合でボールを支配し、1試合平均平均63.28%のポゼッションと、ポゼッション時のパス数平均5.53本を記録するに至ったのである。
ビルドアップ
前述したように、横浜は2人のセンターバックが参加する後方からのビルドアップが重要だった。彼らに沿うようにして2人のピボーテ(≒ボランチ)のうち1人が深い位置へと下り、チアゴ・マルチンスと畠中の間に入るかやや左サイドに寄るなどして3人体制でのビルドアップを行う。こうしてチームはパスのトライアングルを形成することにより、前からのプレスを仕掛けてくる相手に対して優位に立っていた。
互いの距離を近く保つことによってチームはサポートの範囲も近くし、パス成功率が低くなる長めのパスの必要性を排除しただけでなく、1人残ったピボーテとのつながりも保つことができた。ピボーテはボールを前に運ぶ際の中心的な役割を果たしていたのである。
チームが深い位置からビルドアップを行う際、ゴールキーパーのパク・イルギュが時々ビルドアップに参加。スイーパーキーパーとして韓国人ゴールキーパーはボックス内を動き回り、しばしばボールを受けることが許されていた。そして、彼はより前方の受け手へとダイレクトボールを通すか、あるいはセンターバックかウィングバックにパスを出してテンポを速く保つという選択肢を持っていたのである。
彼らのビルドアップに関する戦術についてさらに触れるとすれば、彼らはボールを非常にゆっくり動かすことを嬉々として行い、ボールを通せそうなポケット(空いたスペース)を探っていたことについてだろう。低い位置でのブロックに対しては、ピボーテたちがウィングバックに沿って中盤ラインを形成し、相手の守備ラインを崩そうとしていた。ボールホルダーの近くで動くことによって、アタッカーが飛び込めるギャップをライン間に作り出していたのである。
サンフレッチェ広島戦で見られた下の図では、相手の守備ラインを惹きつけてプレス敢行を許していた。ただ、その代わりにポケットとなるスペースが生まれたので、チアゴ・マルチンスはマルコス・ジュニオールへとパスを通すことに成功し、チームの攻撃開始へとつながった。
ビルドアップにおけるマルコス・ジュニオールの関与から、彼はボールを受けるために深くまで下りてくる傾向にあるといえる。この“深く”というのは彼のポジションから見てのもので、センターバックのどちらかがボールを持っているときに自陣へと現れるのだ。それから彼はピボーテがしているのと同じようにパスのトライアングルを形成。実行する過程ではマルコス・ジュニオールの動きが相手ミッドフィールダーの1人を惹きつけることとなり、選手同士の間にスペースが生まれるため、味方選手がそこに飛び込むことができるようになるのである。
この段階におけるマルコス・ジュニオールのポジショニングに加えて、ピボーテの1人が相手チームのファーストディフェンスラインのすぐ後ろに立っているというのは興味深い点だろう。彼らの守備ラインの間に立つことでフォワードとミッドフィールダー両方の注意を惹き、相手チームに選択を突きつけたのである。その上、ピボーテのおかげで他の選手は中盤を押し上げながら、正にピボーテからの良いパスコースを保持できたのである。しかも、この状況においてディフェンダーがピボーテを見つけ出せたということは、相手守備ラインのひとつを破るパスが出せたということも意味していた。
この戦術にはマイナス面もあり、高い位置でアグレッシブにプレスを掛けてくるチームにはあっさりと餌食になってしまうのだ。鹿島アントラーズがポステコグルーのチームと対戦した際に挙げた最初のゴールがその例だ。試合が始まってすぐ、ホームの鹿島は横浜のビルドアップに対してすぐさまプレスを敢行。自陣の回復に努めるチームを妨害する4人のアタッカーが確認された。
しかしながら、これはティーラトンを押し込めてしまうことになるので彼の周りにあったパスコースを少なくしてしまい、球際の激しい攻防でボールを失わざるを得ない状態となった。セルジーニョがその機会を得てファーポストへと巻いた回転のボールを打ち、パクはセーブに関してノーチャンスな結果となってしまったのである。
この状況から、自陣ディフェンシブハーフの中でボールを長く持ってしまうと横浜の選手たちはプレッシャーをかわせなくなってしまっていたのは明白だ。ボールを失い、相手から迫力のあるカウンターを食らいかねなかったのである。実際、マリノスが自陣ディフェンシブサード内で多くのボールロストを記録した試合は複数ある。この中には2-0で勝利したヴィッセル神戸戦も含まれており、この試合では36%のボールロストが自陣ディフェンシブサードの中で記録された。
攻撃の戦術
マリノスが相手陣内へとボールを運ぶ際、チームの攻撃を継続させるための主たる原則は、スペースを作り出すあるいは利用するためのインテリな動き方にあった。ボールをゆっくり回す傾向にあるという事実の中に、この原則はボールホルダーがフィールドを素早く見渡す助けになり、それによってボールを受けるのに適したポジショニングをしているチームメイトを見出すことができたのである。
下の図では、横浜のとある選手がFC東京のコンパクトなプレス構造を察知し、すぐさまスペースを広げようとしていたのがお分かりになるだろう。彼はギャップに飛び込むことによってディフェンダーからスルーパスを受け、それが仲川輝人のために右サイドでプレーすることへとつながった。つまり、仲川はウィンガーとしての助走を続けることができたのだ。
上の図と下の図の両方で示した同じ試合における状況からはすぐさまひとつのことを見て取ることができる。相手のディフェンスラインがエリアを狭めようとするかどうかにかかわらず、ストライカーのエジガル・ジュニオと両翼のウィンガーたちはなるべく高めにポジショニングを取り、相手ディフェンスラインを下げるべくピン留めをしようとしていたのだ。
同じ試合からの引用であるが、以下に示すシナリオでも触れているように、アタッカーたちは相手ディフェンスラインのやや前方に線状のポジショニングを形成。これはオフサイドトラップに掛からないようにするためだったが、一方で相手ディフェンダーを肩で押さえつけることと、味方からのスルーパスを受けるために前を向くことを可能としていた。
この戦術におけるその他の意図は、繰り返しになるが、相手の守備ライン間にスペースを作り出すことだった。味方の動きに呼応して、アタッカーの動き方は相手ディフェンダーを引きずり下ろし、ライン間にギャップを生じさせることがあった。これによって、アタッキングミッドフィールダーのマルコス・ジュニオール、またはセントラルミッドフィールダーの喜田拓也といった選手たちがギャップに走り込み、ボールを前に運ぶための助けとなる選択肢となっていたのだ。
両ウィンガーのポジショニングには心惹かれるものがあった。彼らは最終ラインを下げさせようとオフサイドポジションに飛び出すことを厭わなかったのだ。そして、これはオン・ザ・ボール(ボール保持)の状態で前にスペースを作る彼らの戦術とも結び付いていた。FC東京戦における最初のシチュエーションでは、仲川と遠藤渓太が相手の最終ライン裏にポジショニングしていたのが見て取れる。先に触れた通り、横浜の戦術は可変型サイドバックの関与に重きが置かれている。ティーラトンと松原に関して、ポステコグルーは一般的なウィングバックとしてピッチを上下し、攻撃に加わるよう指示した一方で、4バックを形成するよう戻ることも求めていた。彼らはボールの保持・非保持にかかわらず互いに近寄り、多くの場合でハーフスペースに位置取っていた。
これによってウィンガーはワイドに幅広いスペースを手に入れ、相手の最終ラインを横に広げることにもなった。試合中ほとんどの時間をウィング基軸としたため、「両ウィンガーのオーバーロードがウィンガーまたはウィングバックにボールの逃しどころをしっかりと用意する」というやり方において、ウィングバックの攻撃参加は重要な役割を果たしたのだ。
さらに、マリノスはペナルティボックス内から多くのクロスを上げる傾向にあり、概して左サイドのティーラトンと遠藤がクロスを上げていた。マリノスは平均して1試合平均17.9本のクロスを上げており、対戦相手の平均13.02本よりもおよそ5本ほど多かった。個人に着目すると、ティーラトンは1試合に平均2.05本のクロスを上げたのに対し、遠藤はこのタイ代表よりも多い3.93本のクロスを上げていた。ここからも読み取れるように、マリノスの攻撃は左サイドへの偏りが見られるが、同時に彼らは右サイドに対してもボールを供給できていたのだ。
低い位置でのブロックに対してはアーリークロスをボックス内に入れることで優位性を得た。両ウィンガーはディフェンダーを肩で押さえつけられるポジショニングを継続し、彼らのマーカーを出し抜いて近距離からのシュートを打とうと全長6ヤードのボックス内にへ侵入するために前進した。
この戦術は低い位置でブロックを敷いてきた相手に対して劣勢だったときにだけ遂行され、普段から行われるものではなかった。ボックス内にボールを運ぶ方法として好まれたのはこれまでに説明してきた動き方やウィングバックとウィンガーのポジションチェンジであって、後者についてはボックス内において有利な選択肢を見つけるためにボールと共に侵入することへとつながっていた。
守備原則
オフ・ザ・ボール(ボール非保持)において、横浜はピッチ中央で4-2-3-1または4-1-4-1という守備的な陣形を採った。高めにブロックを敷いて高い位置でボールを奪い返すためだ。同時に、ディフェンダーは位置を高くへ押し上げてハーフウェーライン付近に位置することを狙った。これによりミッドフィールダーはハイプレスにおいてストライカーたちに加勢することができ、クリアボールを蹴らせたり横浜のディフェンダーを越えていくようなロングボールを蹴らせることにつながったのである。
幅に関しては、マリノスはピッチ中央とサイドのスペースを占めるために比較的広めに形を維持した。これはミドルサードへ向けたレーン跨ぎの可能性を打ち消すことにもつながっており、相手側ディフェンシブサードの中でボールを回させたり、チアゴ・マルチンスと畠中がクリアし得るロングボールを蹴らせることを相手に強いることとなった。そしてセントラルディフェンダー2人の身長が6フィート(≒約182cm)あるため、1試合あたりの平均クリア数はそれぞれチアゴが3.78回、畠中が2.6回を記録していたのも頷ける。更に言うと、彼らはどちらも90分平均で1回以上のインターセプトを記録しており、先発するセンターバック2人としては立派な守備的数値となっていた。
しかし、大きな障害もあった。ディフェンダーがロングボールを追いかけられなかったりインターセプトできなかった場合、相手のカウンターアタックに対応する選手の数が不足しがちになっていたのだ。これによってパクが守るゴールが相手のチャンスメイクに晒されてしまったのである。ボールホルダーから離れたところでボールを奪おうとしていたため、マークが外れてパスの出どころとなる選手がボックスの中またはその付近に複数現れた。そしてそれがプレスの失敗にもつながっていったのである。
そうした攻撃の脅威に対抗するべく、マリノスはハイラインに伴ってオフサイドトラップを敢行。ディフェンダーに相互理解を求めつつ、彼ら自身のポジションを維持させて、最終ラインの裏のスペースにストライカーが侵入することを防いでいた。しかし下の図では、あるディフェンダーが他3人よりも低い位置に立っており、それによってFC東京のゴールキーパー・林彰洋が蹴ったロングボールをアタッカーに拾われるという結果につながってしまった。
シーズンの中で数試合に見られたもうひとつの障害として、チームのマーキングが挙げられる。サンフレッチェ広島戦から引用した下の図では、横浜のピボーテとウィングバックが相手の2選手をマークするためにポジションから離れたが、ピッチを上がっていくのと同時に彼らの背後にスペースができてしまい、それをカバーするかどうかたじろいでしまったのである。ボールを受けて前に運ぼうとしていた選手がノーマークだったため、横浜のピボーテとウィングバックは広島の選手をマークする他に選択肢がなく、味方選手がスペースをカバーするよう祈るしかなかったのだが、それは実現しなかった。
対戦相手がマリノス側陣地にボールを持って侵入してくると、マリノスの選手がボールホルダーの前でオーバーロードを展開してプレスを仕掛けようとする様子が見られた。数的優位性をもって、相手に制圧されるという思考から離れてプランを実行しようというのだった。それでも、こうした状況において彼らの考えにないことがひとつ存在した。彼らのプレスはわずかに保守的であり、ポゼッションを回復するのに必要な積極性が見られず、ファールを犯さないようにしようとしていたのだ。
これによってボールホルダーはスペースだけでなく、フィールドの状況とボールの受け手になり得る味方選手を認知できる時間を得た。つまり、下の図のような状態だ。鹿島の選手はピッチの反対側にいた味方選手にボールを送り、チームの攻撃の向きを変えられたのである。鹿島の選手が2人いたのに対して横浜は仲川しかそのサイドにいなかったため、ホームの鹿島はアウェーチームのゴールに向かって決定機を作り出すことに成功していた。
結論
多くの人々は横浜F・マリノスがシーズンを戦い抜いて優勝を果たすとは予想していなかった(予想されていたのは中位付近だった)が、日産自動車が所有するクラブが今季経験した成功には多くの人々が驚嘆した。戦術にはいくつかの障害が戦見られたものの、ポステコグルーは可変的なウィングバック、ハイプレスとインテリな動き方に依った魅力的な戦術モデルを展開したのである。
多くのオーストラリア人ファンは、ポステコグルーが2011年に優勝を果たしたブリスベン・ロアーに良質なフットボールを知っている。彼の日本での道のりにおいても横浜F・マリノスで似たような結果が見られ、リーグの他のチームと比べてユニークな戦術システムを作り出したいという彼の意思がチームの順位を上げ、最終的にリーグタイトルを獲得するまでに至ったのである。ポステコグルーはおそらく日本のチームで36試合無敗という驚くべき記録を打ち立てることはできないかもしれないが、それでも国内リーグでの成功はファンにしばらくの間喜びをもたらすに違いない。
“Ange Postecoglou: The success behind Yokohama F Marinos” by Daryl Gouilard
https://totalfootballanalysis.com/article/ange-かpostecoglou-yokohama-f-marinos-2019-20-tactical-analysis-tactics