憧れと挫折、そして飛躍へ。アルゼンチンでプロキャリアを歩むマリノス出身FW。

金銭面でも苦しさを覚えるようになった後藤は、怪我の治療と資金調達のために帰国を決意。その間は足の速さを活かして郵便配達もしていたといいます。この間後藤はあくまでアルゼンチン再挑戦を目指していたものの、彼の母親がそれを良しとしなかったようです。

「家族は僕をサポートしてくれていたけど、母は僕に(再びアルゼンチンへ)行ってほしくないと思っていた。外国に行って、それから戻ってきたときには行かせてくれなかったんだ。でも僕はまだ何も成し遂げていなかったし、もう少しだけチャレンジしたいということを伝えた。まだ僕を(アルゼンチンに)訪ねてきたことはないけど、そのうち来てくれたらと思うね」

再びアルゼンチンへとやってきた後藤はリーガ・ベルビリェンセという地域リーグに所属するデフェンソーレス・デ・サンアントニオというクラブでプレーし、その後ラシン・クラブ・デ・マダリアーガ(アルゼンチン5部)へと移籍。ヒロユキ・コヤマという日本人選手と知り合ったのが加入のきっかけだったそうです。

後藤はマダリアーガで着々と活躍を重ね、ゴール時には漫画『ドラゴンボール』に登場するフュージョンという技をゴールパフォーマンスとして披露したことが話題になったことも。やがてアルベルト・パパイアーニ氏という人物の目に留まり、アルミランテ・ブラウン(アルゼンチン3部)というプロクラブの入団テストを受けて合格。同クラブ初の日本人プレーヤーとして、晴れてプロサッカー選手としてのキャリアを歩み始めました。

はじめは全く喋れなかったというスペイン語も今やインタビューで受け答えできるほどに上達し、念願だったアルゼンチンでのプロデビューも果たした後藤。“和製クリスティアン・パボン(アルゼンチン代表FW、ボカ・ジュニアーズ)”ともいわれるプレースタイルで、更なる高みを目指しています。

以下は後藤のインタビュー動画。画面左側の短髪の青年が後藤です。

https://www.infobae.com/deportes-2/2018/08/03/la-increible-historia-de-kou-gotou-el-pavon-japones-que-trabajo-como-cartero-y-suena-con-debutar-en-almirante-brown/